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新病院開院20周年記念祝賀会を開催いたしました。

 平成4年6月、恵比寿地区再開発計画に伴い、現在の場所に移転してから20年を迎えることとなり、
 平成24年6月5日、新病院開院20周年記念祝賀会を開催いたしました。
 各界の方々に、ご祝福いただき盛宴であったことを、ここにご報告いたします。

「新病院開院」20周年によせて

 厚生中央病院は、全国土木建築国民健康保険組合の直営病院として昭和34年に開設されました。戦後の復興期に、遠く離れた山野で多くのダム建設などが始まり、怪我や病気に対応するため各当地に診療所が開設されました。その診療所の名前を当地の地名を取り○○厚生診療所と言ったそうです。各地の厚生診療所を束ねる目的から病院が造られ厚生中央病院と名付けられたようです。各厚生診療所は閉鎖され病院だけが残り現在に至っています。
 現在の三田通りから恵比寿ガーデンプレイスに入る三田橋にあった旧病院は恵比寿地区の再開発計画に伴い平成4年6月に約2倍の規模を持って現在の地に移転して来ました。それから新病院開院20周年を迎えましたが、この20年は真に変化に富んだ平成の時代そのものでした。平成元年にベルリンの壁が崩壊し、平成2年に日本経済はバブルの頂点を迎えます。そのバブルが崩壊した直後に新病院が開設されています。その後、日本の経済は悪化し、世情が不安定となり平成7年3月には地下鉄サリン事件が発生しました。当時の朝、診療が開始された直後に、日比谷線で爆破事件か、ガス中毒事件か判らないが「多くの患者さんが出たので受け入れてほしい」と一報が届き承諾。当時の中島救急委員長と二人で受け入れ準備と情報収集を行い「毒ガスサリン中毒」ということで、診療フローを作り患者さんの受け入れを開始しました。数十名が来院し、数名が経過観察の為に入院したと記憶しています。幸いにして重症者は出ませんでしたが、この事件をきっかけに病院は社会に貢献すべきものであると確信し、その後の新型インフルエンザへの対応と進み、また、今後予想される大規模災害へも積極的に対応していくことが必要だと判断しています。
 平成13年から小泉内閣は規制緩和と社会保障費抑制策で日本経済の活性化を図ろうとしました。翌年から診療報酬もマイナス改定となり我が国の全病院の79%が赤字に陥りました。平成16年には新臨床研修制度が開始され大学病院から医師がいなくなり、大学からの派遣に頼っていた多くの病院も医師不足となり医療の荒廃が始まりました。当院も医師不足に悩み、経営状態も悪化し様々な病院改革を行うようになりました。医療安全管理室の設置、病棟再編、専門性の充実、消化器病センターの開設、退院調整ナース・コンシェルジュナースの配置、電話予約センターの設置、電子カルテの導入、7:1看護体制の確立、医療連携の強化等を行い、平成21年には当組合本部との共同で経営改善検討会を設置し、病院経営の健全化に努めてきました。平成22年にはプラス0.19%診療報酬の改定もあり、また、職員・関係各位の努力もあって病院の経営状態は改善し、医師数(初期研修医10名、常勤医師65名)も充実し、元気に新病院開院20周年を迎えることができました。これも皆様方のご支援の賜物として、深く感謝申しあげる所存でございます。これからも、職員一同、病院の質の向上に努め、組合被保険者ならびに地域の人々に信頼され頼られる病院を目指して行くことが重要だと思っています。尚、一層のご支援よろしくお願い申しあげます。ありがとうございました。  

平成24年6月 院長 櫻井道雄